〜の友情は永遠とか〜参上とか落書きしていく小学生がかわいくてさみしいと思う今日
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なんて思うかな。
理性にまみれていかにも正常に正常を唱える私が嫌だ。
反骨と努力と飢えを然ともつ人が羨ましい。疎ましい。
いくら人の声も聞かない持論を正常に正常と唱える人であっても
きっと見落とさない筈なんだ。それは否。
奈良さんの本を読んで私が今欲しいものが段々分かりはじめてきた。
それはやっぱり今の自分からはどこを切り開いても逆さに降っても転がってこないもので。
羨ましく思う時点できっと間違ってるんだけど、今は自分の力不足に悩んでる。

考える力、行動力、実践力 空想力
既成概念にとらわれない発想力

あはは、なんだこれ。




不思議だな。死にたい、友達なんか、なんて思ってたころの方が
よっぽど反骨と誠実さと発想力に長けていた気がする。
ネットに興味持てばHPつくって、毎日絵描いて、言葉を紡いで。
いま思えばあんなの言葉遊びの末端だと思うけど、いまもそうだけど
自分の怒りがすごい現れてた。怒ってたし、泣いてた。

[幕が開いた。並行する夢と地と目に滲む怒り。三拍子。
そして観客はあなただよ。
最後まで見なくていいから、1つだけ思いを伝えるよ]
[死ぬ程、此れ程、軽蔑することはないって。]

そんな感じの詩。
笑っちゃうけど、怨念こもってた。何回も、謝罪のメールが来た。
あれは強迫に近くって今思うと怖いけど。
傷だってそのためのもので、痛くても何か救われた気がしたのは

・・・今考えるとそれもきっと所属して理性を持つためだったかな?
それで痛い自分を客観的に貶めてたのかもしれない。今となってはどうでもいいけど

そんな、気持ちでもいいから、なんでもいいから
今の私はなんだかとっても

壁にすらぶちあたれない八方美人にしか思えない。
最悪なのは、慣れてしまってる事。   あれだけ願ったのに。
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